運動機能における「神経筋接合部(NMJ)」の役割

2017.06.12
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私たちが身体を動かそうとするときには、脳からの命令が神経を伝わって筋肉を動かします。近年、その神経と筋肉のつなぎ目である「神経筋接合部(NMJ)*1」についての研究が進んでいます。研究の最先端を担う山梨先生にお話しいただきました。

「神経筋接合部(NMJ)」の仕組みとはたらき

私の研究における目標は、生体や組織の形成、維持、機能の制御に重要なシグナル伝達機構を解明することにあります。その上で、解明したシグナル伝達機構が破綻することで発症する疾患があれば、その分子病態の理解と制御に挑戦したいと考えています*2。「神経筋接合部」の研究は、この20年ほどで飛躍的に伸びている分野です。もちろん以前から神経と筋肉をつなぐ部分があることは知られていましたが、それがどのように作られ、どのようにはたらき、さらにどのように維持されているか等、より詳しいことが分子のレベルでわかってきたのです。

「神経筋接合部」は神経と筋肉をつなぐシナプスで、図1に示すように、運動神経からの信号を筋肉へ伝えています。神経側と筋肉側がピタッとフィット(対合)するようになっていて、神経側から放出されるアセチルコリンという神経伝達物質を、筋肉側が受け止めることで神経伝達が行われるのです。言い換えると「神経筋接合部」を失えば、脳からの指令は筋肉に伝わらなくなり、結果として呼吸を含めた運動機能を喪失してしまいます。

「神経筋接合部」での神経伝達のしくみ

図1「神経筋接合部」での神経伝達のしくみ
花王R&Dホームページ(http://www.kao.co.jp/rd/eiyo/about-lcm/lcm01.html)よりイラストを転載

「神経筋接合部」の形成は、母親の胎内で始まります。胎内では比較的単純な楕円状のシナプスとして形成され、生まれた後に複雑な形状へと成熟していきます。また、「神経筋接合部」が加齢とともに変容し、その機能が低下することも報告されています。つまり、「神経筋接合部」は胎内で形成が始まり、生まれた後に身体の発達とともに成長・成熟し、加齢とともに衰えていくと考えられています。

私たちはチロシンキナーゼを介するシグナル伝達機構の研究を進める中で、2006年に「神経筋接合部」の形成に必須のタンパク質であるDok-7を、またそのヒト遺伝子(DOK7)の異常による劣性遺伝病として「神経筋接合部」の形成不全を呈するDOK7型筋無力症を発見しました*3。 Dok-7はとても重要なタンパク質で、ヒトの場合は二つあるDOK7遺伝子の両方の機能を失った場合は死産になることが報告されています。逆に言えば、DOK7型筋無力症では、DOK7遺伝子の機能は減弱していますが、無くなってはいません。

「神経筋接合部」の形成不全と疾患

DOK7型筋無力症においては「神経接合部」の大きさが健常者の約半分程度に小さくなることで筋力低下を起こすことが知られています。「神経筋接合部」の障害の程度によって、普通に生活できる方もいれば、重篤な場合は呼吸不全になることもあります。また、加齢に伴って発症する加齢性筋萎縮症(サルコペニア)にも「神経筋接合部」の形成不全が報告されていて、研究者の注目を集めています。残念ながら、加齢性筋萎縮症におけるDOK7遺伝子の関与については明らかではなく、今後の研究課題と考えています。

「神経筋接合部」のはたらきと疾患について専門外の方にご説明するときに、最近はスマートフォンに例えることがあります。多くの場合は月あたりの最高速度での通信量が決められていて、それを超えると通信速度が制限されると思います。月末になってスマートフォンに速度制限がかかっている状況が、疾患の症状に近いと思って下さい。通常は問題なく使えているけれど、病気の場合は機能が減弱して生活に不便さやつらさが伴います。そして、通信が途絶えるとスマートフォンが使えなくなるように、「神経筋接合部」のはたらきを失うことは極端な困難を意味します。

近年の研究から「神経筋接合部」の形成不全を伴う疾患は非常に幅広く存在することがわかってきました。当然のことですが、それらの疾患では、「神経筋接合部」の異常に起因する筋萎縮や運動機能の低下の可能性が考えられます。また、興味深いことに、DOK7型筋無力症が先天性の疾患であるのに対して、加齢性筋萎縮症は後天的に「神経筋接合部」の形成不全を呈するわけですが、「神経筋接合部」が小さくなって断片化するという変化自体はよく似ています。こうした変化が起きる原因についてはまだ研究の途中ですが、原因は一つではなく、さまざまな環境や要因が関わっているだろうと考えられています。

「神経筋接合部」を大きくすることによる運動機能の改善

昨今では、「神経筋接合部」の形成不全をどうしたら治すことができるのかということが注目の的になっています。原因については、先に述べたとおりまだまだ不明なことばかりです。けれども、これまでの研究で、「神経筋接合部」は一度異常が生ずるともう終わりというのではなく、回復可能だということはわかってきています。

また、私たちの研究では、2014年にマウスを用いた実験で、小さくなってしまった「神経筋接合部」を遺伝子治療によって大きくすると運動機能が改善することを実証しました*4。現在は、こうした現象が起きる仕組みを解明すべく、一歩一歩研究を進めているところです。また、別の研究者によるマウスを用いた実験では、運動することで「神経筋接合部」が若返ったように見えるという論文も発表されています。こうしたことから、適度な運動は筋肉に良いだけでなく、「神経筋接合部」にも良いのではないかと考えています。

今後高齢化が進む中で、老化によって思うように運動ができないといったケースへの対応が求められることも増えてくることでしょう。そのときに、私たちの身体は、筋肉だけでも神経だけでもなく、筋肉、神経、「神経筋接合部」の三位一体で動く力を制御していることを考えてみていただければと思います。そして、「神経筋接合部」について知っていただくのと同時に、それに対して真理を探究し、治療についても考えているグループが存在することを知っていただければ、研究者としてとても嬉しく思います。

*1 神経筋接合部(NMJ)
運動神経からの制御シグナルを骨格筋(筋線維)に伝える唯一の化学シナプスであり、NMJ(neuromuscular junction)とも呼ばれる。
*2 東京大学医科学研究所 癌・細胞増殖部門腫瘍抑制分野のホームページを参照。
http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/genetics/html/home.html
*3 Dok-7の発見についての東京医科歯科大学プレスリリース
http://www.tmd.ac.jp/press-archive/20060621/index.html
Dok-7の発見(5番)とDOK7型筋無力症の発見(6番)について解説した東京大学医科学研究所 癌・細胞増殖部門腫瘍抑制分野のホームページ
http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/genetics/html/Research.html
Dok-7の発見についての論文
http://science.sciencemag.org/content/312/5781/1802.long
DOK7型筋無力症の発見についての論文
http://science.sciencemag.org/content/313/5795/1975.long
*4 東京大学記者発表一覧 神経と筋肉のつなぎ目を大きくする治療法を創出―多様な神経筋疾患に対する新たな治療概念の確率
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_260919_j.html
本研究については以下のサイトでも紹介されています。
http://www.sciencemag.org/news/2014/09/gene-therapy-helps-weak-mice-grow-strong
http://www.nature.com/nrn/journal/v15/n11/full/nrn3847.html
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982214012792

 

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