日本人の健康寿命延伸のために必要なこと

2017.06.12
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日本は世界的に見ても平均寿命の長い国として知られています。けれども、心身に自立し健康的に生活できる期間である「健康寿命」とのギャップは約10年*1と、欧米諸国と比較すると長くなっています。平均寿命と健康寿命のギャップはなぜ生じ、どうすれば日本人の健康寿命をのばすことができるのでしょうか。身体活動の面から研究を進める宮地先生に伺いました。

健康寿命は幸せのバロメーター

日本人の平均寿命と健康寿命のギャップの約10年間は、本人にとっても不自由ですが、介護する方々の負担も大きく、医療費や介護費もかかります。人的・心理的・社会的負担が高いことから、できるだけ健康寿命をのばして不自由な期間を短くしようというのが、我が国の大きな目標になっています。

健康寿命の延伸について考える際に、知っておいていただきたいことがあります。それは、健康寿命の評価基準は日本国内及び世界で統一されたものではないということです。日本で通常よく用いられるのは厚生労働省の基準です。厚労省では非常にシンプルな方法を採用しており「健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか」という質問をして、「ある」と答えたら不健康だと分類します。例えば車椅子を使わないと生活できない人でも問題を感じない人もいますし、一方で身体や神経は健康でも生きていく上で問題を感じる人もいます。つまり、厚労省では非常に主観的な健康感・自立感で評価をしていることになります。

私はこの主観的健康感というのはとても重要だと思っています。これまでは「健康か?健康ではないか?」という問いかけへの答えを、医師の診断と評価に委ねていました。けれども健康寿命の概念は、そうした医療的な評価だけではなく、自分が本当に人間らしく生きられるかどうかを自分自身で評価するというものです。まさに全人的な価値の中で、自分が人間らしく健康に生きているかどうかを決める新しい価値観なのです。

また、厚労省による評価は主観的なものなので、変化しやすいのが特徴です。一度健康寿命が尽きたと思っても、その後なんらかの方法で状態が回復すれば、健康寿命が戻る可能性もあります。要は変えられる指標であるため、平均寿命をのばすことに比べれば、健康寿命をのばすことは難しいことではないと考えます。ですから、健康寿命の延伸は単に医療費や介護費の負担を下げるためではなく、日本人が人間らしい生活を送れるようにする、非常に重要な目標だと私は考えています。健康寿命は幸せのバロメーターといってもいいかもしれません。

日本人の遺伝的特徴と対策

日本人の平均寿命と健康寿命のとギャップが約10年と長い要因は十分にわかっていませんが、最近の研究で遺伝的な要因の関与が推測されています。

最近の遺伝子研究では循環器疾患になりやすい遺伝子というのがいくつか判明しており、その遺伝子を持つ人の割合が、欧米人に多く日本人では少ないということがわかっています。一方、サルコペニア*2という運動器の一つの指標で筋肉の減弱症というのがあります。筋肉量が少ない遺伝子を持っている人の割合が、日本人は欧米人に比べると多いのです。このため、日本人は欧米人に比べると、心筋梗塞などの生活習慣病にはなりにくいけれど、筋肉が減少しやすい人の割合が多く、こうした遺伝的な特徴が日本人の健康寿命の阻害に影響していると考えられます。

こうした遺伝的な特徴を踏まえると、日本人の健康寿命延伸のカギは体力の維持にあるといえるのではないでしょうか。体力維持には運動、栄養、そして社会とのつながりの三つがバランスよく維持されていることが必要です。この三つはそれぞれが独立しているわけではなく、しっかり動けばたくさん食べるし、仲間と会うためには動くというように、生理学的にも密接に関連しあっています。ですから、食だけ改善しましょう、体だけ動かしましょう、人のサポートがあれば大丈夫です――そうした単一的な見方ではなく、三つをバランスよく適切に維持できる能力を高めていく必要があります。健康寿命をのばすとか長生きするといった目的のためにスポーツや運動をやりましょうと言っても、続かないことがほとんどだと思います。けれども、仲間がいればやりがいもあるし、長続きもするでしょう。運動、栄養、社会とのつながりを有機的に結びつけることが、体力維持につながります。

体力維持に重要な筋肉と神経のつながり

体力を決める一番の要因は、どのように体の中でエネルギー産生し、力を出すかということ。ですから、エネルギーを産生し力を出す器官である筋肉が大切になってきます。

筋肉は単に力を出すだけではなく、個人の意思に基づく随意な脳からの命令が神経を介して伝達され、命令どおり正確に動くことが求められます(図1参照)。

脳から神経を介した指令による筋の収縮。筋肉と神経のつながり

図1 脳から神経を介した指令による筋の収縮

すなわち、良い筋肉に加えて良い神経がないと大きな力も出せないし、持続力や調節力も発揮できないということになります。体力を維持するためには、加齢に伴い衰える筋肉そのものの量や質とに、筋肉の動きを支配する神経の働きを高めていくことが必要なのです。

神経の機能を高めるというと、体内にたくさんある神経を特殊な動作や運動を行うことでどのように鍛えるかといった難しいことを想像しがちですが、実は普段の生活を前向きにアクティブに送ることが重要です。例えば、いつも椅子にぼーっと座って、同じような仕事をしているだけだと、筋肉や神経はそのレベルで十分な状態になっていきます。けれども、自分のいつもの状態よりも早く、強く、あるいはしっかり正確にといった、いつもよりも頑張る状態を心がけることが、体力を落とさず維持することにつながります。このように普段よりも負荷を大きくすることを、トレーニング科学の分野では、「過負荷の原理」といいます。過負荷刺激を1日の生活の中にどれだけ頻繁に取り入れられるか、日常生活の中で積み重ねていけるかがポイントになるのです。

栄養士や保健師といった専門職の方が保健指導を行う場合は、ぜひ健康寿命延伸の意義とに、日々の生活を積極的に送ることが体力維持につながることの重要性を伝えていただければと思います。

*1 厚生労働省 平均寿命と健康寿命をみる2
日本人の平均寿命と健康寿命の差は、平成22年で男性で9.13年、女性12.68年となっている(男性の平均寿命79.55歳・健康寿命70.42歳、女性の平均寿命86.30歳・健康寿命73.62歳)。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/dl/chiiki-gyousei_03_02.pdf
*2 サルコペニア
全身の筋肉量と筋力が低下していくことを特徴とする症候群。身体機能障害、生活の質(QOL:Quality of life)の低下、さらには死のリスクも伴う。主な要因は加齢。他にも栄養不良や不活発な生活スタイル、慢性疾患等によって引き起こされる。